Note
レースエンジニアから農家へ。移住して新規就農した夫婦と、それを支援する南房総市の施策
吉田昌信さんは55歳のとき、由起子さんは44歳のときに南房総市に移住し、新規就農という形で第二の人生をスタートさせました。移住するまでにどんな準備をし、どのような経緯で就農したのか。一般財団法人南房総市農業支援センターではどのような支援を行っているのかを、吉田さん夫妻と農林水産部地域資源再生課農業支援係の吉田貴明さんに話を聞きました。
サラリーマン時代から農業についてのリサーチと勉強をスタート
吉田さん夫妻が移住と新規就農を考えはじめたのは、東京都大田区でサラリーマンをしていた2019年ごろです。旅行でよく東南アジアを訪れていたとき、朝食に出ていたパッションフルーツがおいしくて、パッションフルーツに興味を持ちました。その後、パッションフルーツ栽培のために温暖で気候のいい場所を考え、当初は瀬戸内海や四国を視野に入れて訪れていました。より詳しくパッションフルーツの栽培について知るために、奄美大島にあるパッションフルーツ農家を訪ねたこともあります。
移住先を関東圏内にしぼったとき、館山や南房総でもパッションフルーツを栽培している農家がいることを知りました。パッションフルーツを育てている「RYO’S FARM」や、いちじく狩り体験をしている「館山パイオニアファーム」、いちじくやパッションフルーツを栽培している「田倉ファーム」に足を運びはじめます。
自分たちでリサーチを行い、実際に農家を訪れ、昌信さんはさらに「アグリイノベーション大学校」へ入学しました。オンラインで講義を受け、週末には農業実習を受けるという生活を、一年間続けました。
最終的に南房総を選んだわけと、新規就農支援施設
一番大きな理由は、それぞれの両親が千葉と横浜に住んでいることでした。家族と遠く離れてしまうのはお互い心配なので、関東圏内で自分たちがやりたいパッションフルーツと、いちじくの栽培に適している場所を選ぶことにしました。「南房総市は役所の方がすごく親身になってくれて、家もあって移住しやすい環境がありました」と話す由起子さん。

三芳地区にある、新規就農支援施設
市の支援事業の一環として、新規就農支援施設が3棟設けられています。この施設は、就農を目指す方を対象に、月額35,000円で最長3年間借りることができます。吉田さん夫妻は、空きが出たタイミングで連絡を受け、2023年2月から入居しました。
新しく農業をはじめた同じ境遇の人が集まっているので、入居者たちは仲が良く、ふだんから連絡を取り合っているそうです。お互いに忙しいこともあり、なかなかゆっくり会う時間をつくることはできませんが、8月に行われた館山市の花火大会には、3棟の仲間たちと一緒に出かけ、花火を楽しみました。また、施設があるご近所の人たちも移住者に慣れており、移住者が知らないことを理解した上で、土地の風習や行事などについて親切に教えてくれるそうです。
農地探しと、大規模栽培での苦労
新規就農支援施設に空きが出たタイミングで移住したので、農地は何も決まっていない状態でした。移住前の1年間は、月に一度館山パイオニアファームで研修を受け、移住後は田倉ファームで週2回の研修に通いながら農地探しを進めていました。しかし、なかなか農地が見つからず、現在のハウスと露地を正式に借りることができたのは、2024年の2月でした。移住してから一年が経っていました。
1.4反のハウスで初めての作付けは、パッションフルーツとシシトウ、トウモロコシ。将来的にはパッションフルーツといちじくをやりたいので、その土づくりのためにトウモロコシを植えています。シシトウは研修で苗をもらい、「露地だったらこれくらいの数だよ」と教えてもらった数の苗をハウスに植えたところ、生育が良すぎてとてつもない収穫量になったそうです。
「はじめてなので、忙しいときが急にばぁっときて、なかなか計画的に効率よく進められなくて、ずっと毎日忙しかったです。大田区では区民農園をやっていましたが、規模感が全然違う。水やりひとつとっても、その設備やシステムを作ったり準備したりに時間がかかってしまって、なかなか思うようにはいきませんでした」と昌信さん。

パッションフルーツの根っこを掘り起こす吉田さん夫妻
イメージしていた移住生活と違ってかなり忙しく、気づけば夏を満喫しないまま、海にも行けずに夏が終わっていたそうです。それでも、圃場(ほじょう:農地)を借りてからすぐに道の駅やスーパー、JAに出荷したことについて、「すごい」と、支援係の吉田さんは言います。
「農地を借りたばかりなので、土づくりもしたいなと思っています。太陽熱養生をして、緑肥を植えて、来年春にもう一度太陽熱養生をしてからパッションフルーツを定植します。2、3年かけて土を作っていきたいと思う」と話す昌信さんに、「すごいですよね。初年度と思えないくらいレベルが高いです。計画的でちゃんと成分分析もされていて」と、支援係の吉田さんは感心していました。
新規就農というスタートを早く切りたかった

エンジニア時代の昌信さん
昌信さんはもともとレーシングチームのエンジニアで、日産モータースポーツ&カスタマイズにてレースエンジニアやレーシングチーム監督をしていたこともありました。レース中には、ピットに入るタイミングなどをドライバーと無線で話したりしていたそうです。
「夢はありましたけど、この先のことを考えると体力的にもいつまでもレースができるわけではなく、これからの時代は75歳くらいまで何かしら働かなきゃいけないとなると、早くスタートを切った方がいいかなって思いが強かったです。75まで20年あれば、なんとかできるかなと思いました」と話し、辞めることに躊躇はしなかったという昌信さん。現在も手伝いを頼まれることがあり、サーキットに足を運ぶことがありますが、それはお世話になった業界の後進を育成するために行っているのだそうです。

就農後に手伝いに行ったサーキットにて(写真左が昌信さん)
就農を考えている人へのメッセージ
「必要なのは、それなりの準備期間としばらくの間収入がなくても食べていけるくらいの余裕。余裕を持って、計画的にやるのがいいのではないでしょうか」と昌信さん。
由起子さんは、「南房総での暮らしや、作物を育てることはすごく楽しいので、来て良かったと思いますし、ぜひお勧めしたいです。でも、収入という面では、初年度から暮らしていけるだけのお金を得るのはとても大変なことだなと思います。そこを心配がないように準備しておくことで、自分たちのやりたいことをできるようになりますし、徐々に収入を上げていく方法を考えていくこともできるので、事前に準備はしておいたほうがいいかなと思います」と話してくれました。
新規就農者への支援事業
市独自の支援事業として、①就農研修支援事業、②経営自立安定支援事業、③新規就農支援施設があります。
①は、市認定の研修機関で研修を受けると、月5万円の補助を最長2年受けることができるというものです。吉田さん夫妻は、事前に自ら研修先を探して行動していたので、①は利用しませんでした。
②は市内に住所があり、就農後3年以内で今後5年以上市内に住みながら営農する人は、月3~5万円の補助を最長2年間受けることができるというものです。対象年齢が55歳以下なので、吉田さん夫妻は年齢的に該当する由起子さんが申請し、世帯で受けることができました。夫婦二人がともに対象年齢内であっても、それぞれが申請することはできず、世帯単位で申請することになります。
③は記事中で紹介した通りで、吉田さん夫妻はこの施設に入居することで移住されました。通常は、①を卒業して②を受ける人が多いそうです。
吉田さん夫妻のように、育てる作物を決めて来る方が多いと支援係の吉田さんは話します。
「楽して稼げる作物は何かとよく聞かれますが、そんなものはありません。実績が無いものより、ナバナや花、みかん、レモン、ビワなど、この土地にあった作物で挑戦してもらいたいです。変わったものだと農家さんとの関係を築きにくいので、横のつながりを大事にして連携しながらやってほしいと思います。希望があれば地域のお師匠さんを紹介することはできますし、有名な農家さんにもおつなぎできると思います」とのこと。

生育が良かったシシトウ
一般財団法人南房総市農業支援センターは、県の認定研修機関に認定されているので、研修先を探している人や新規就農を考えている人は、一度相談してみてください。
「移住する前も後も、研修の連絡をこまめにくれて研修も充実しています」と吉田さん夫妻は言います。手厚いサポートは、最終的な移住への決め手となっています。
吉田さん夫妻が考える、将来の展望
「はじめて出荷したものを食べておいしいって言っていただいた方に、今年はさらにおいしいものをお届けできるよう、まずはがんばりたいと思う。将来的には、食の楽しさ、自然の豊かさを感じていただけるような体験を提供できたらいいなと、漠然と考えています」と、由起子さんが話してくれました。
由起子さんの名前で出荷しているところもありますが、「YYFARM(ワイワイファーム)」という屋号で出荷しているところもあります。“Y”は、吉田さんの頭文字であり、由起子さんの名前であり、ゴロがいいのとワイワイとみんなが集まってくれる場所になればというイメージで考えました。

YYFARM(ワイワイファーム)のパッションフルーツ
はじめて自分たちで栽培したパッションフルーツは、海外のものよりも甘さが感じられて大きいサイズのものができたそうです。ワイワイファームのパッションフルーツがどんな風に定着し、成長していくのか、今後が楽しみです。
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