Note
南房総市特集
南房総の海に生きる漁師の声と海で働く魅力 ~後編(外房編)~
三方を海に囲まれた房総半島沖では、暖流の黒潮と寒流の親潮がぶつかり合い、昔から好漁場となっています。
南房総市の東京湾に面する内房は全国有数の浅海漁場であり、太平洋に面する外房では豊富な資源に恵まれた磯根魚や回遊性の魚類が来遊し、南房総市は内房と外房ともに漁業が盛んな地域として知られています。
「南房総の海に生きる漁師の声と海で働く魅力」について、前回の前編(内房編)に続き、本後編では、外房の千倉の「定置網漁」と「海士漁・刺し網漁」をご紹介します。
千倉の「定置網漁」
港名:白子漁港・千倉漁港(南房総市千倉町)
漁船:第十八瀬戸丸(19t)、第三千歳丸(19t)、三嶋丸(7t) 計3艙
所属:東安房(ひがしあわ)漁業協同組合(雇用型)

【千倉の定置網船が停泊する白子漁港。3艙ある定置網船の内、1艙がこの白子漁港から出航し、もう2艘は別の千倉漁港から出航します】
概要
定置網漁は、海中の魚の通り道となる場所に大きな網を仕掛けて、網の中に魚が泳ぎ込むのを待つ漁法です。千倉の定置網漁は漁獲量が多く、1日に何十トン単位で獲れることもあり、特にワラサやブリが稼ぎ頭になっています。
※乗船レポート「千倉の定置網漁を取材してきました!」もご覧ください!
千倉の定置網漁は昔から海の仕事として人気がありました。漁獲量が多く収入も見込めるため、地元民が憧れる仕事だったそうです。
現在、乗組員の年齢層は30代と40代が中心ですが、50~60代の乗組員や20代の乗組員も3人いて、幅広い世代の乗組員で操業しています。
乗組員21人の内のほとんどが地元出身で移住者は2人のみと、今でも地元民にとって憧れの職業であるようです。

【早朝の千倉の定置網漁】

【漁師の仕事は水揚げから選別まで多岐にわたる】

【船上で血抜き(活け絞め)した魚は鮮度が良い証拠としてタグをつける】

【定置網漁の参考図(農林水産省HP)】
<千倉の定置網漁の詳細>
千倉の定置網漁でしか味わえない魅力
女性も漁師になれる?
船には「船魂(ふなだま)さま」と呼ばれる女神が祭られ、女性を船に乗せると不漁に見舞われるとの言い伝えが全国的に存在するため、多くの漁船が女人禁制とされてきました。
しかし、以前、千倉の定置網船には女性の乗組員がいたという事例があるため、千倉の定置網船は古い迷信にとらわれず、漁師の仕事に興味があり、やる気があれば、女性でも漁師になれるかも知れません。
食堂の手作り賄い料理が美味い!
「自分たちが朝獲ってきた魚を、食堂のおばちゃんが美味しい賄い料理にしてくれるんです。新鮮なうちに魚を食べられるのがいい。他所で食べる刺身とは比べものにならない」と、現役漁師がここでしか味わえない魅力を教えてくれました。

【白子漁港の食堂で豪華な賄の朝食を美味しそうに食べる漁師さん】
千倉の定置網船に乗る漁師の声
千倉の定置網船に乗る船頭の渡辺吉洋(わたなべよしひろ)さん、乗組員の栗原啓維(くりはらけいすけ)さん、植木泰文(うえきやすふみ)さんの3人に、現場での経験や思いを伺いました。

【左:栗原啓維さん 中央:渡辺吉洋さん 右:植木泰文さん】
漁師になったきっかけは?
渡辺さん:
「母方が釣り船を経営していて、自分も19歳の頃から船に乗っていました。もともと海の仕事に就こうと思っていて、タイミングが合って今の仕事に就くことができました」
栗原さん:
「祖父が船乗りだったこともあり、自分は海の仕事に憧れがありました。高校を卒業してから求人を探して、今の職場に入りました」
植木さん:
「以前、父がここで働いていました。私は前職でも海の仕事(綱取り)をしていたけど、ここに転職しました」
一番のやりがいは何ですか?
渡辺さん:
「やっぱり、量が獲れて収益が上がると、やった感がありますね。魚が獲れることが一番のやりがいです」
定置網漁の良いところや船でしか味わえないことは何ですか?
渡辺さん:
「毎日『勝負するのか、しないのか』という、常に勝負に挑む感覚が面白いですね」
植木さん:
「獲れたイカを船の煙突で焼いて食べる乗組員もいて、そんな楽しみ方もあるのかと思いました(笑)」
漁で大変なことはなんですか?
渡辺さん:
「やはり、いろいろとリスクの高い仕事というところですね。台風などで網が持っていかれると、一つの網で数千万円の損失になることもあります。また、獲れた魚を有利な価格で売りたいので、他より早く市場に出せるよう、朝8時半までに入札に入ることにこだわっているので常に時間に気を使っています」
栗原さん:
「仕事は全て大変ですが、2年ぐらいで何とか慣れました。今も大変ですが辞めたいと思ったことはありません!」
乗組員21人の内、19人が地元出身者という千倉の定置網船。
取材した3名も共に、家族や親戚が海に関係した仕事に就いていた影響を受けて、幼いころから海に親しみを持ち、自然と海の仕事に憧れ、海の仕事に就きたいと思うようになっていったようです。
脈々と引き継がれてきた千倉の漁業の文化と誇りは、今の若者たちにも着実に引き継がれ、千倉の定置網漁を支える原動力になっています。

【漁を終え千倉漁港に水揚げに向かう定置網船】
「海士(あま)漁・刺し網漁」
港名:千田(七浦)漁港
漁船:六治郎丸(ろくじろうまる)(小型漁船)
所属:東安房漁業協同組合(独立型)

【千倉町千田漁港】
概要
あま漁について
南房総のあま漁の歴史は古く、健田郷(現・千倉町)や白浜郷(現・白浜町)で採れたアワビが都に献上されていた記録があります。平城京跡から出土した木簡や『延喜式』の文献にもその記述が見られ、この地域が昔からアワビの重要な産地であったことが分かります。
現在でも南房総は、三重県志摩地域や石川県能登地域と並び、あま漁が盛んな地域として知られています。
海士(あま・かいし)とは、素潜りで貝や海藻などを採る漁をする男性の漁師のことで、女性の「海女」と区別して呼ばれます。
日本人最初のハリウッドスターとアワビ漁のつながり
今回の取材地、南房総市の千倉町千田地区には大変面白いエピソードがあります。
実は、千倉町千田地区は日本人最初のハリウッドスターと言われる「早川雪州」(1886-1973)の出身地なのです。
早川雪州は映画「戦場にかける橋」でアカデミー助演男優賞にノミネートされるなど、当時、世界的な俳優として知られていました。
その早川雪州が渡米したきっかけが、1907年にアワビ漁師としてアメリカのモントレーで働くことになった兄の影響だったと言われています。
早川雪州本人も渡米後の数か月間、アメリカでアワビ漁に従事していたとも言われています。

【千田漁港の近くの堤防に描かれているリアルな「早川雪州」の壁画(作:塙雅夫)】
海士の服装
千倉町千田地区の海士は、漁の際は裸、ラッシュガード、水着が基本の服装とされています。ウェットスーツの着用は禁じられており、南房総市内でも地域によってルールが異なります。
現役の海士が、ウェットスーツを着ない理由をこのように説明してくれました。
「ウェットスーツを着て漁をすると、寒いという限界を忘れてしまうので、長い目で見ると着ない方が実は人間の体にいいんです。また、魚介の乱獲を防げるという利点もあります。」
海士道具は4つ
海士漁で使用される道具は以下の4つです。
・カツカネ:岩についているアワビを剥がす道具
・たまり網:船の淵に掛け、獲れた貝を入れる網
・水中眼鏡:水中を見渡すための必需品
・8キロの錘:潜るときに体を沈めるための重り
船上に小さい小屋を作り、そこでストーブを焚き、海から上がってきた体を温めます。寒さを感じたら漁を止める、というように、海士は各自で体調や潜る時間を調整しています。

【海士漁の様子】

【海中の岩棚に生息するアワビ(写真提供:東安房漁業協同組合)】
<海士漁・刺し網漁の詳細>

【刺し網漁の参考図(農林水産省HP)】

【刺し網にかかったイセエビ】

【千田漁港でのイセエビの水揚げ】
海士・刺し網漁師の声
海士・刺し網漁をしながら、民宿「マリンハウス六治郎」で調理も手掛ける山口勇治(やまぐちゆうじ)さんに、現場での経験や思いを伺いました。

【千田漁港で「六治郎丸」を背景にカツカネを手に持つ山口さん】
漁師になったきっかけは?
「幼いころから潜ることが好きで、海に親しんできたのが一番のきっかけですね。漁師の仕事をする前の10年間は他所で料理の修行をしてきたので、今では、自分が水揚げした新鮮な魚介類を民宿に泊まるお客さんに振る舞って喜んでもらっています」
一番のやりがいは何ですか?
「海の中でアワビを見つけた時の感覚が好きです。純粋にアワビを探すのが面白いですね」
他の海士の方は、シーズン以外の間は何で生計を立てているのですか?
「昔は半農半漁で生計を立てられたけど、今では、漁師の仕事の他に、ビワ(農業)、サーフショップ経営、建築業などで働いている人もいて、逆に休日に漁に出る人の方が多いですね。私のように子育て世代で本業が海士の人は少ないです」
漁で大変なことはありますか?
「漁では色々と怖い思いをしました。潜っていて不意に大きなサメに出くわしたり。でも、それよりも怖かったのは釣り糸やワイヤーに体が引っかかって身動きが取れなくなって溺れそうになった時ですね。その時は『本当に死ぬな』と思いました」
これから海士や刺し網漁師になりたいという方へのアドバイスをいただけますか?
「正直なところ、他所からきていきなり海士になろうとしても漁業権の縛りがあるのでなれません。南房総市内でも漁業権のルールは地域ごとに違うので、事前によく調べておくことや、やっぱり、その地域に何年か暮らして、地域で顔なじみになっていくことが大切ですね」
※刺し網漁の詳しい様子は「千倉の刺し網漁を取材してきました!」をご覧ください!

【沖から見る千倉大橋】
「南房総の海に生きる漁師の声と働く魅力」
前回の前編(内房編)に続く本後編では、外房の千倉の「定置網漁」と「海士漁・刺し網漁」の2つをご紹介しました。
南房総の海の魅力は一様ではなく、同じ南房総市内であっても、漁師の仕事も地域や漁法によって様々です。しかし、どの漁師にも共通することは、海が好きということ、漁師という仕事に喜びとやりがいを強く持っていることでした。
自然豊かな南房総市。その美しい海は、そこで働く漁師たちの情熱と物語が詰まった魅力あふれる場所として、これからも南房総の漁業の伝統と文化を引き継いでいって欲しいと思います。
※本記事の内容は2025年取材当時のものです。
【関連リンク】
・南房総の海に生きる漁師の声と海で働く魅力 ~前編(内房編)~
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